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釧路家庭裁判所帯広支部 昭和41年(家)199号 審判 1966年7月09日

申立人 田村尚子(仮名)

申立人 田村さきえ(仮名)

さきえ代理人 田村尚子(仮名)

相手方 田村吉助(仮名)

主文

申立人らの申立を棄却する。

理由

一、本件申立の趣旨は、「相手方は申立人田村尚子を扶養すること。相手方は申立人田村さきえの生活に必要な費用を支払うこと」というにある。

二、本件申立の理由は、申立人尚子は相手方吉助の次女であり、申立人さきえは相手方吉助の妻である。申立人尚子は事情あつて夫と離婚し、長男を連れて、実家すなわち相手方吉助のもとへ帰つてきたが、尚子はその後吉助をたすけて家事一切をきり廻してきた、ところが申立人尚子の弟が実家の農業経営を継ぎ結婚してその長女が出生したころから、弟夫婦は尚子やその長男をないがしろにするようになつた。申立人尚子は弟の嫁に辛くあたつては悪いと考え、気を使つて生活してきたが、弟夫婦は申立人尚子の意中を察することなく、尚子とその子を差別し、相手方吉助も申立人尚子を邪魔にし始めた。そのため申立人尚子はその長男とともに実家である相手方吉助方から追い出されてしまつた。また申立人さきえは老齡と中風のため身体の自由がきかなくなつたのに実家ではろくに介抱もしてくれないので、昭和四〇年二月実家を出て、尚子方へ遊びに来てそのままいついてしまつた。そのため申立人尚子は長男と母である申立人さきえを抱えて非常に苦しい生活をしている。その反対に相手方吉助は相当の財産を所有して裕福な生活をしているが、申立人らに対しなんら扶助をしない。そこで申立の趣旨どおりの調停もしくは審判を求める、というのである。

三、家庭裁判所調査官による相手方吉助の資産状態の調査、当事者の審問その他本件調停および審判手続にあらわれたすべての事情を見ると、次の事実が認められる。

相手方吉助(七二歳)は、長男徳男(三三歳)、その妻茂子(二九歳)および長男夫婦の娘二人と帯広市○町○○○○三四番地に居住して農業を営み、住宅一棟、畜舎一棟、土地(農地と宅地を含め)約九町歩、馬二頭、農機具若干、加入農業協同組合に預金数一〇万円を有し、一家の農業経営による年間収入約一二〇万円くらいで、帯広市街周辺での中堅の農業経営者である。家庭内に不和はない。

申立人尚子は、相手方吉助の次女であり(長女が早く死亡したので事実上は長女のようなもの)、昭和二五年ごろ帯広市で自衛隊員小西敏男と知りあい婚姻し、昭和二七年九月一一日長男則男を生み、昭和三一年調停離婚し、長男を連れて実家である吉助方へ帰り、同居していたが、他の者と折合が悪く昭和三九年長男とともに実家を出て、現在所へ移り、昭和四〇年二月母さきえを実家より迎えて、同居させるようになつた。尚子は農家の手伝などをして働き、収入は多い月で一万六、〇〇〇円くらい、少ない月で五、〇〇〇円くらいである。長男則男は中学二年生で、学費月一、五〇〇円くらいかかる。母さきえは、中風で半身不随である。

以上の事実より見ると、申立人尚子は現状では相手方吉助より直ちに扶養を受けなければならないような状態にあるとは認められない。親は未成年の子に対して、親と同等の生活を保持させる義務を負う。しかし申立人尚子は成人であるから、成人した親子の間の扶養義務は、一方がその資産または労力で生活することができない場合に、他方が扶養を行う余裕があるときに認められるに過ぎない。尚子は中風で寝たきりの母さきえを抱えて、生活が苦しいことは認められるが、そもそもさきえが実家で虐待されて、尚子方へ転がり込んできたというような事情は見当らない。むしろかえつて相手方吉助はさきえが自分と同居することを希望しているのであつて、夫婦は同居するのが自然である。したがつて、尚子がさきえを扶養することによつて生活が苦しくなつているとすれば、それは自分から求めたといつて差支えない。

次に、申立人さきえは尚子を代理人として、相手方吉助に対し婚姻費用分担を求めている。さきえが半身不随であるので、調停手続中に家事審判官は調停委員とともに、尚子方に赴き、尚子に席を外してもらつて、さきえ自身の真意をきいた。しかし、同女の発言の内容は、記録に残さなかつたから、ここに公表すべきでないと思われる。いずれにせよ、申立人さきえは、申立人尚子方へ留りたがつているか、相手方吉助方へ帰りたがつているか、そのどちらかである。第一の仮定として、さきえが尚子方に留まりたがつているとすれば、さきえは自らの意思で相手方吉助と同居することを拒んでいることになる。帰宅すれば虐待されるという虞れもないのにそうする以上、吉助に婚姻費用分担を求めることはできないといわなければならない。第二の仮定として、もしさきえが吉助方へ帰りたがつているとすれば、さきえが別居を前提として本件のような申立をしているのは、さきえの真意に基かないといわなければならない。

したがつて、いずれにせよ、さきえの申立は棄却さるべきである。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 藤野豊)

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